人生は貯蓄ゲームではない!お金との付き合い方。
どうもゆでたまごです
みなさんはお金に関してどのように考えていますか
お金の勉強をしているとお金に汚いとかケチとかそういった印象を持たれる方も多いのではないかと
自分はお金の勉強をすることで正しいお金との付き合い方ができ、お金に振り回されないような気持ちで毎日を生活できると思ってます
まず、お金があれば幸せは半分当たってて、半分間違っていると思います
自分の中では、極貧生活ではお金で幸せは買えて、ある程度の衣食住に困らなくなるぐらいの時点でお金は不幸せを経験しないで済むものになってくると思ってます
今の現代の生活では衣食住に困ることはほぼなく、安く美味しものを食べることも、月額数百円でアニメ、映画見放題だったり、スマホがあればyoutubeのコンテンツをみれたりとそれなりの楽しい生活ができそうです。
それでもなぜお金が足りない、お金が欲しいと思うのでしょう。
お金があったら何をしたいのか、高級車に乗りたいのか、マイホームが欲しいのか、高級な食事がしたいのか。これらの多くは、本当に幸福になるのでしょうか。
周りより良い車に乗りたい、周りより良い家に住みたいという優越感、そしていいなぁと言われたいといった承認欲求を満たすためなのでしょうか。
日本人には相対的な評価が幸せに左右しやすいみたいです。
承認欲求は人間の三大欲求(性欲、食欲、睡眠欲)よりも強いとも言われています(好きな人や多くの人の前ではこれら三大欲求を承認欲求が上回るので我慢することも可能なため)
承認欲求を満たすためであるといつまでも幸せになれません
それは上には上がいるから
ネイマールが島でのパーティに誘われた時に、自分の持っている船が一番小さくて恥ずかしかったといった話しを聞いたことがあります
統計では、年収800万円以上になると年収が上がっても幸福度はそんなに上がらないとのこと
確かに、月20万から月25万円へのアップは5万円も増えたと喜びは大きいかと思いますが、同じ5万円アップでも月60万から月65万円へのアップはそこまでの喜びは大きくはないかもですね
生活水準をあげることである程度お金は必要ではありますが、多くは贅沢な状態であると言えます。本当にお金をかけて広い家に住むことで幸せが増幅するのでしょうか
これを分割して考えると
【幸せを感じる要素】
●単純に広い家で住み心地が良い
●まわりの家より広いという優越感
●誰かが家に来てすごいねと褒めてくれる承認欲求が満たされる
【不幸せになる可能性がある要素】
●生活水準を下げることに苦痛を感じる
●他の環境に幸せを感じにくくなる
●コストが大きくかかる
●子供ができたら子供がその環境を当たり前と思ったり、成長してもそういった環境でないと子供自身が不幸と感じやすくなる
広い家も幸福度はそれなりに上がるとは思いますが、個人的にはそれよりももっとお金の使い道はあるかと思います
自分は、人生において「好きな人と好きな時に好きなことができる」のが幸せをもっとも感じやすいです
仮に
①マイホームに住んで、高級車もある人生
②働かなくても生きていける人生
であれば②の方が断然幸せを感じます
①は人生での高い買い物の2つをしてしまっています
マイホームに4000万、車に3000万ほど人生で費やします。
日本の平均生涯年収は2億4000万円。そこから保険、教育費、税金、生活費、娯楽費、その他もろもろかかります、そこにマイホームと車が入ってくると高齢者になっても働くことになりそうです。
自分の好きなことが働くことであれば問題ないですが、そうでなければ死ぬ時に自分の人生はマイホームと車のお金を払うために生きてきたとなってしまうかもしれないです
医者であれば生涯年収は4億7000万円とも言われますが、贅沢をすると全然お金はたまりません。
だいたい年収では1400万円ほどだと思いますが、医師は累進課税で多く税金をとられるため、医師+専業主婦の世帯は年収では低いはずの共働き700万円+600万円の世帯に手取りで負けるでしょう
そして、どのようにお金を使っていいかわからずそれなりの高い家賃、車、保険、たまに高級レストラン、日々の外食、たまに旅行としていれば簡単にお金は減っていきます
そのためにもなぜお金が必要かを考えて、使いたいものを明確に決めた方よいです
というのも「あればあるだけお金はいいにきまってるじゃん」でいけばいつまでも幸せになれない無間地獄になります
20億資産がある人が2億に資産が減って自殺したって話しもあります
普通であれば2億あれば十分だと思いますが、お金の数字を増やすことが人生と思っていると、たとえ2億あっても不幸と感じるのでしょう
なので、ゴールを決めておかないといつまでもいつまでも幸せになれないです
もうちょっとほしい、あと1000万円だけみたいな感じで、、、
実際に資産の目標額を達成した人で、そこから資産を増やすことをやめている人もいます
この状態だと、働いてもいいし働かなくてもいい、好きな時に好きなことをしていい状態となります
お金持ちにたかってくる変なうまい話しなんかもまったく響きません
だって、お金増やす必要ないからです
自分は働かないでも大丈夫な状態が幸せであると思います
そしてそのためには月に20万円の不労所得が入れば十分です
残りは何かやりたいことがあれば、たまに働いて稼げばいいと思っています
月に20万円では利回り4%の資産が6000万円必要です
ざっくり10年後に達成される予定です
それ以上は貯めないし余ったお金は使っていきます
だからといってこれから10年の間、現在の生活を困窮させて全て投資に回すといったこともしません
というのは、現在が人生で一番若いからです
今100万円で好きなことしていいとなったらいろんなことができます
海外旅行いこうかな、スカイダイビングしてみようかな、フライボードしてみたい、ディズニーで豪遊したい、彼女にサプライズしたい、家にゲームや映画用の巨大なスクリーン欲しい、、、などなど
これが70歳になって100万円自由に使っていいとなってもできることが限られています
海外旅行はしんどいから国内でゆっくり、体験型アクティビティは体力的に無理、ゲームもいいかな、、など
あと、人は歳をとると物欲がなくなるみたいです(自分の祖父、祖母もたしかに物欲なくなってました)
なので、今お金をつかうことに人生の意味があります
今しかできないことを今やります
お金ないから先延ばしにしてるといつまでもやらずに、結局やらずじまいで終わる可能性だってあります
そして、若い時にできるだけ経験したことはその後にもいきてくると思います
おもしろ話しもできますし、仕事にも、人間関係にもいきてくる可能性があります
そして、高齢者になったら仲の良い友達と昔話やその時のおもしろ経験で振り返るという人生でいいかと思います
高齢者になるとやること限られてますし、人と話すことが一番の幸せだと思います(話し相手も悲しいことに限られてきますしね)
人生は蓄財レースではないです
死ぬ時に一番お金持ちでも意味はないです
なので、自分がどうなりたいか、何をしたいかを具体的に決めて、それがいつまでにいくら必要か計算してそれだけのお金を貯めればあとは好きなことをすればよいと思います
そうすると、自ずとやりたいことが若い時に集中すると思います
なので、自分は投資もしつつ、お小遣いは使い切ると決めています
今は学生のときよりも全然自由に使えるお金が増えましたけど、学生の時に気の合う仲間とダーツの旅やサイコロの旅、原付の旅、肝試し、サプライズなどをやってるときの方が一番人生で楽しかったと思ってます
それが今後どこかでもう一度できればいいなと思ってます
働き出して、家庭もお互いありますので、なかなかそういったこともできず、気を使っています
それでも、自分はもう一度学生の時のように「好きな人と、好きな時に、好きなことをする」という幸せをつかみたいと、諦めたくないと転職して、引っ越ししてきました
まわりの友人が別に同じ幸せの目標でなくても、もちろん応援しますし、自分の周りだけでも幸せになってもらえたら自分も幸せになれる気がします
まとめると、小さい時に勉強の本に使いなさいと言われたお小遣いをゲームに使ってたけど、それで孫の喜ぶ顔が見れるのはおじいちゃんの幸せになってたのかもと思いつつ、おじいちゃんごめんね。
もらったお金(物)で幸せになるということは、あげた方も幸せになっているんですね。
ただ、他人に競馬で当たったのならちょうだいとか、パチンコや宝くじで当たったらちょうだいは無しだと思ってます。
「運で当たったのだから分けてもいいじゃんケチ」みたいなノリだからで、もらいたい方はなんのありがたみもなさそうだからです。
競馬、パチンコ、宝くじ全て、それは賭けた人は外れたらお金を失うというリスクをとって勝ち得たものです。
まるでノーリスクで得たもののように欲しがるのは間違いだと思います。